《明季北略·卷二·毛文龙入皮岛》
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毛文龙,号振南。居钱塘荐桥忠孝巷,与于忠肃同里。万历丙子正月十一戌时生,家虽贫,有英气,虬髯,相者谓必登坛制阃。善骑射,尤嗜奕。尝云杀得北斗归南。友问之。文龙曰,行棋如决战,对垒若交锋,个中先天深意,谁能悟之。道士逍遥子寓西湖净慈寺,文龙问奕。道士曰:昔马融有围棋之赋,班固作奕旨之论,谢安赌墅而秦军亡,费袆借谈而魏敌却,元机不能尽述。因对奕寓兵法于中。文龙颇悟,临别授天书一函,遂晓畅兵机。神宗乙巳仲春,舅氏沈光祚为兵部主事,因思入京,祈梦于庙。夜梦少保示书云:欲效淮阴,老了一半。好个田横,无人作伴。盖韩信二十七岁为大将,文龙五十二作元戎,是老了一半也。田横有五百人同殉岛中,后袁崇焕止害文龙一人,是无伴也。梦也征矣。文龙入京,光祚荐于辽东总兵李成梁,补内丁千总。九月,兵巡道某考武举,文龙列名第六,遂署安山百户。升辽阳千总。三载升守备。熹宗初,经臣袁应泰命造火药,两月而辨,加游击衔。抚臣王化贞招武材,文龙入谒,补练兵游击。历仕至此,俱由光祚所荐。阅两月,进呈讨羌功□,化贞命往河东等处,招致遗民,恢复疆土。遣千总张板等四人、兵二百,给扎百张,与海舟四号,米五百石。文龙遂经三坌河口行至猪岛,地可三十里,庐舍俱毁,寂无一人,止水牛二十三,取之。长年李景先。各岛颇熟,率勇壮二千人见补千总至广鹿岛,地七十里,令守备苏其民擒岛官胡可实,安抚七百余人,至店岛,方三十里,命千总张继善,执岛官任光先,安民二百。至石城岛地五十里,命张扳执岛官何国用,安抚四百家。诸岛官俱南人降清者。次又收复鹿岛、长山岛、小长山岛、色利岛、章子留岛、海洋岛、王家岛、至弥串堡。文龙上崖驻军招集,难民归者甚众。是堡为朝鲜地,过此二百里,即鸭绿江,乃中国与朝鲜界。过江即镇江城。城本中国地,万历庚申为大清所取。命总兵佟养贞以千人居守。七月既望夜,文龙率将士九十七人袭破之,献俘王化贞捷奏。授广宁都司,兼副总兵,驻镇江。大兵五万至,亲往朝鲜借师,镇江复失。文龙谋择一岛驻军,以截大兵。李景先曰:莫如皮岛,大可四百里,环山峭壁。文龙北行五百里至荒茸无人,多蛇虎,悉射杀之,遂迁居于中。此天启二年五月也。已而,间杀哈都民归者万计。天启二年,文龙与诸将计曰:辽东要地,惟金州南通旅顺口,北至三牛坝,西通广宁东,可图复此城,若得,陆扼建州,水可运粮,停泊。遂命守备张盘、程鸿鸣等,率众自麻羊岛往止,距海面四十里。七月初三四鼓,至金州南门,各举火把呐喊放炮,守兵五百,从北门去,天明进城,安抚居民。盖州领兵官佟养性至,败却之,闰十月,闻大兵将渡河,调兵三万,统各将陈继盛、许日新等攻牛毛寨,王贵、杜贵攻岛鸡,俱捷。命张盘守金州。
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